「ティエリア」
不意に名を呼ばれ、読書に徹していた視線を上げる。途端に視界にばら蒔かれた極彩色。
俺の髪に、肩に、膝に舞ったそれを、色とりどりの薔薇の花弁だと気付くまで数秒を要した。
「な…」
にをする、と言いかけて、言葉を失った。
俺の前ではほとんど笑顔を見せることのないが、薔薇よりも紅い唇に笑みをはいていたのだ。
「驚いた?」
小首を傾げると艶めく黒髪がさらさらと華奢な肩から零れる。
その動作だけで彼女特有の甘い匂いが部屋中に満たされるようだ。
「驚いた?」
らしくもなく呆気に取られた俺は、彼女の二度目の問いに、ようやく我を取り戻した。
問いには敢えて溜め息で返す。
「ゴミになるだろう。迷惑だ。片付けろ」
「驚いたのね。意外と分かりやすいわ、貴方」
が海色の相眸を和らげた。
余程俺が面食らったのが嬉しかったのだろう。満足げな表情が少々癪に触る。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、は得意げにこの薔薇の出所を歌うように語った。
「貰ったのよ。依頼料に」
「依頼料?何のだ」
「“表”の仕事」
「君の“表”のことなど知らない」
「言ってないもの。知りたくもない癖に」
相変わらずの喰ったような語り口。決して裏を垣間見せる気はないその態度。
この崩さない姿勢は、俺にある種の安らぎを与える。
知らなくてもいい。
知らなくても困りはしない。
知らなくても言葉を重ねるのに、問題はない。
“問い”に対する“答え”を彼女は俺に求めはしないのだ。
それでも、ふとした時に彼女の真実を知りたくもあるのは、それは俺が知らず知らずのうちに彼女に侵食されているからだろうか。
「そんなことどうだって良いじゃない」
思考を断ち切るように、が言った。
「大事なのはそんなことじゃないわ。この薔薇はあたしが貴方のために持ってきたものよ。戦いにばかり明け暮れて、疲れ果てて、満身創痍の貴方のためにね」
そちらのほうにこそ意味があるのよ。
はそう言い、俺の髪に触れ、薔薇の花弁を払い落とした。
甘い香り。
の香りだ。
薔薇の香りが分からない。今、酩酊するような意識の中で彼女の存在が俺に最も近くなった。
「には…分かるのか。俺がどんな想いで戦場に立つのか」
「どうかしら…。ただ、傷ついた貴方を見る度にその想いを理解できたら、とは思っているけれど」
「何故、何故俺にそこまで理解を示そうとする。君が得るものなど何一つないはずだ」
その瞬間の瞳が悲しげに揺らいだ。
紺碧の瞳は、悲哀の色に彩られる。
分からない。
何故君はそんな泣き出しそうな表情で俺を見るんだ。
「分からないの?」
唇から零れた声が微かに掠れている。
絞り出すような声。
ああ、そんな声で、そんな瞳で、俺に語りかけないでくれ。
頭がおかしくなりそうだ。吐息で彼女が俺の名を呼ぶ。
次の瞬間には彼女の腕が俺の体に絡み付き、囁く声が脳を支配した。
「貴方のことが好きだからよ」
薔薇の花束も、抱擁も、あたしの全ては貴方を癒すために。
誰より傷つきやすい貴方のためにあたしは在るの。
独りになんてならないで。世界の何が裏切ろうとも、あたしが貴方の盾にもなる
わ。
降り注ぐ災禍は薔薇の花弁に変えてあげる。
怖くはないわ。
繋いだ手は決して離しはしないから。
だから、ねぇ。
ティエリア。
「あたしを傍に置いていて」
薔薇の天蓋
ティエリアが全く分かりません・・・。
あんまりにも分からないので極力書きたくない人ではあるのですが、いえ嫌いじゃないです寧ろ好きなんですけど。
ティエリアの話を書ける人を尊敬します!
それでも何気に初めて書いたというか、書かされた00夢はこれという罠。
うう・・・精進いたします・・・。
(2008/2/?)