メフィストといる時間は何故だかいつもとるにたりない話ばかりしている気がする。
特に当たり障りのない話、例えば昨日の夕飯の味付けが薄かったとか、祓魔塾のあの子が今日も弟に叱られていたとか、そんな話ばかり。
今の今だってほら、彼が紡ぐのはこんな言葉。





「もう5月だというのに、朝晩寒すぎやしませんか?」





2人して薄い毛布を浴衣の肩にかけて見上げる三日月は、ひやりと冷たい氷の色でますますその様を助長していた。
はこくこくと頷き、メフィストの意見に同意する。





「そうですね、確かにその通り。爪先から冷えて嫌になります」
「おや、は末端冷え性ですか?」





実は私もなんです、と彼は笑う。
知っていますよ。確かに貴方の指先は触れるたびいつも冷たいもの。
氷みたいとは言わないけれど、なんだかそう、爬虫類みたいな感じで。
聖書に記されている彼の父のあらゆる呼び名のうちの一つは“初めからの蛇”。実父を亡き者にしようとしているくせに、そういうところは似るだなんて少しいただけない。
出自やその特異な能力の故に、メフィストは正十字騎士団の上層部からはやたらと煙たがられているようだ。
まあ確かに人である彼らとは同じ理屈で生きていないのだから、天の父が良しとしようがそう簡単には信じられないのは当然だとは理解していた。
天使さまも、なるべくお近づきにはなりませんよう、だなんて耳打ちされはしたけれど。
ちらりと横目に盗み見る悪魔は特にこちらに対して危害を加えようという素振りを見せたりはしない。そもそも加えようものなら、自身も同等の痛手を覚悟する必要があるのだ。悪魔に対しての天使とはそういうもので、神の名の下に悪魔を排除する力が備わっているのだ。
そういうわけで、彼と適当に交流することは危険でもなんでもない。
どうせ明日の天気を気にするような上辺だけの会話しかなされないのだから。





はなんだか不満そうですねぇ」
「はい?」





暫く1人で語っていた冷え症の話題はもう飽きてしまったらしく、メフィストは急に話の照準を彼女に向けた。
予想もしていなかったことで、思わず間抜けな声が出てしまったのは失敗だった。
メフィストがあの爬虫類みたいな指先での頬を軽くつねったからだ。





「な、何をなさってるの?」
「いえ、ね。貴女の顔が分かりやすく面白くないという表情をしていたもので。心ここにあらずという具合ですね。ふむ、やはり世間話はお気に召さないようだ」
「そんなことありませんけど…」
「ありますね。今ので確信しました。貴女、嘘をつくとき瞬きする癖がありますよ」
「……」





まさかそんな些細な癖を見抜かれているなんて。
確かには嘘をつくとき瞬きをする癖がある。でもそれを言い当てられたのは随分永く生きてきて、メフィスト・フェレスが初めてだった。
絶句した彼女から離れたメフィストは得意気にウインクをひとつ。





「貴女のことはよく見ていますから当然です☆」
「?メフィストが他人の観察を趣味としているのは初めて聞きましたが」





薄情ではないが、それほど他者に対して心を砕くという人物ではなかった気がする。
今一つ腑に落ちない様子のに、メフィストはふふん、と意味ありげに笑ってみせた。





「いや、なかなかどうして」
「なんです、気持ち悪い」
「困った顔も可愛くておられますな。よし、次から口説くときは貴女に纏わる話題にしましょう」
「は?!」





口説く?
何の話だ。
聞き捨てならない一言に、は思わず腰を浮かせた。
しかし、至近距離から伸びた手に両肩を押されて元の位置に戻される。
いつもそう思っていたが、この笑顔がいつにも増して胡散臭い。





「まあまあ、そんな逃げなくても」
「いいえ、これで失礼させていただくわ」





身を捩って腕から逃れようとするものの、どういうわけか自由が利かない。





「離してください。困るわ、こんなの」
「困ると仰っても、嫌だとは仰らない」
「それは…っ」





違う、と言いかけた。しかし、その語が継げなかったことに驚いた。
この口も声も、本当のことしか告げられない。神がそのように遥か昔に命じたからだ。それは、裏を返せば嘘がつけないという意味にもなるのだ。
嫌ではない、と自身が判断している。
メフィストの言葉を心地が良いと思っている。
全てを理解したとたんに、顔が嫌というほど熱くなった。
慌てて顔を手で覆ったが後の祭りだ。
白磁の滑らかな肌が林檎のように赤く染まるのを見たメフィストが、やたらと嬉しそうに声を弾ませた。





「これはこれは!脈ありですね!素晴らしい!」





何が素晴らしいものか!
身体に力が入りさえすれば、その緩みきった頬を殴り飛ばしてやれるのに。
羞恥だか怒りだか判別のつかない感情に打ち震えるを、メフィストが力一杯抱きすくめた。





「!!」
「これからはが素直になるまで毎日口説きますね!」





幸い、私たちには飽きるほどたくさんの時間がありますから。
その一言に、は自身の長命を呪った。














メフィストといる時間は何故だかいつもとるにたりない話ばかりしている気がする。
それはに好意をもっていたらしい彼が、どうにかこうにか自分に振り向かせようと試行錯誤していた結果だった。
紳士的に振る舞った結果、随分遠回りしてしまったらしい。無粋だし意には反するが、やはり直球な方が反応は良かったようだ。
満足そうに分析するメフィストは、この世の春とでも言いたげな風情だ。
は何か言いたいような気分になったが、メフィストがあんまり嬉しそうなものだから黙っていることにした。
まあ確かに内容のない世間話よりは退屈しないだろう。
これから毎日が素直にその気になるように仕向けてくれるというのだから。





「ともあれ、少し落ち着きません?」





は抱き締められたまま、メフィストの背中をぽんぽんと叩いた。












その気にさせて








タイトルがなんかあれな感じですが、NOT18禁で。


てゆーか、初青エクですみません。
もっと言ったら偽物メッフィーですみません。
好きなんだけど、いまいちしゃべり方がわかってません。
なんとなく語尾の☆とか(書いちゃったけど・・・)でこのキャラなんだよって主張するのがどうも言い訳くさくて、
そういうアトリビュートみたいなので自分がかき分けできてないのごまかしちゃうのが異常に嫌いです。
やっぱりそういうのなしで書いてこその文才というか、表現力だと思うんですよね。


そしてそれが出来てないからがっくりきちゃうんですが。
今回も程良いがっくり感です。
綺麗に完結したためしがない!
                                                          (2011/05/31)