元が良いのだから、そんな無駄にあれこれと付け加えなくてもいいのにな。
というか、君。その格好を人目に曝しながら、四年生の教室からくのいち教室まで歩いてきたんだ?
一瞬のうちに様々な感情が胸の内に去来する。
どうだ、とあたしの前に堂々といった風情で仁王立ちになった二歳年下の恋人。その名を綾部喜八郎。現在、女装実習の成果をあたしに披露している。
「どうですか、先輩」
独特の抑揚で彼が言った。
あたしをじっと見つめるその大きな目は、先輩褒めて!!と言外に、それも大いに語っている。
やめてよ、喜八郎。真実を告げるのがひどく心苦しいじゃないか。
正直言って全然綺麗じゃない。頬紅は濃すぎるし、口紅の色だってその白い肌に合っていなくてすっかり浮いてしまっている。ああ、白粉も生来の肌の色になじんでいないからなのかもしれない。
施したお化粧もさることながら、纏った着物だってなんだかぱっとしない様子だ。柄が大きすぎてしかも単純な図式に簡略化しているからか、子供っぽく見えるのだ。
どうしてこんな出来で堂々としていられるのかが分からず理解に苦しむ。
どうかしら、なんてさりげなく視線を反らそうとすると、喜八郎が手を伸ばしてきて無理矢理に顎を掴まれて元に戻された。
「いたたた、痛い、痛いってば喜八郎」
毎日鋤で穴を掘っているお陰で、彼の手指は以外と骨ばっていて、しかもごつい。胼胝の出来た掌は固くて、あんまり強くされると肌に痛いのだ。
「だって、先輩がこっちを向いてくれないから」
ちょっと不貞腐れたような台詞が可愛い。
いつもの喜八郎が言ったなら、きゅんきゅんしたんだろうけど、今日のあたしにはそんなときめきは一切湧き上がってこなかった。
だって今の喜八郎は超がつくほど不細工なのだ。やっていることは可愛いかもしれないけど、その御尊顔はあたしがいつも愛でている彼の顔では最早ない。
顔に惚れたわけではないのだけど、この容姿はいただけない。
「よく出来たでしょう?先輩をイメージしてみました」
「あたし!?」
この男、涼しい顔でとんだ爆弾を落としてきた。
「へぇ・・・喜八郎、この装いはあたしをイメージしたの・・・」
「はい。この間町に出かけたときの先輩が綺麗だったので」
言われてみれば、以前二人で出かけたときのあたしの格好を真似ているような気はする。でもあたしの格好はこんな奇妙な感じではなかったはずだ。
くのいち教室の最高学年に在籍しているからには容姿にはとことん気を遣うし、はっきり言って評価に値する容姿も持ち合わせていると自負している。
そのあたしがこんな不格好のお手本だったとは、なんという屈辱。せっかくあのとき綺麗だったと褒めてくれたのに、今どうして君はいつもの可愛い喜八郎じゃないんだろう。
脱力して縁側に突っ伏すあたしに、喜八郎はなおも評価を求める。
「点数にしたら何点ですか?」
「0点よ」
いや、0点でも生ぬるい。いっそマイナスだ、マイナス。
「おや、まあ」
100点満点に更に花丸でももらえると思っていたのだろうか。喜八郎は大きな目をまあるくして、呆気にとられた表情を見せた。
自分の姿を見下ろして納得がいかない様子。
「あたしは君が納得いかない理由が理解できないわ」
「どうしてですか。完璧ですよ」
「何がどうで完璧なんて言えるの、この口は。喜八郎、君目が悪いの?えぐり出して消毒でもしてあげようか?ん?」
「先輩、野蛮です。もしかしてあの日ですか」
「喜八郎、斬られたくなかったら即刻黙りなさい」
本当に何から何まで失礼な子だ。
喜八郎はあたしの殺気に中てられても然程気にした様子もなく、取りあえず口を閉ざした。その仕方ないなぁって顔は何よ。本当に気に食わない。
「君、うんざりするほど女装下手ね。元が良いのに、自分の顔全然わかってないでしょう」
とにかくこのふざけた化粧をなんとかしよう。
あたしは彼を隣りに座らせて懐から取り出した懐紙で、なるべく肌を傷つけないようにふいてやった。目を閉じて、と促すと喜八郎は素直に従う。
「はぁ。どうせいつも泥で汚れるので気にしてません」
「気にしなさい。ああ、もう・・・どうしてこんなにお化粧盛っちゃうのよ。勿体ないわ」
「確かに白粉は結構使いました」
「白粉じゃなくて土台のお顔が勿体ないって言ってるの。ほら、口ちょっと開けてごらん」
「あー」
「よしよし、良い子じゃない。いいこと、喜八郎。お化粧は引き算よ。足すんじゃないの。余分なものは引いてくのよ」
従順にされるがままになっている喜八郎の化粧を拭いながら、その施し方を教えていく。
時折頷きながら聞いているので、優秀なこの子のことだ。次はきっと綺麗な女装を見せてくれることだろう。
どんどん汚れていく懐紙に反比例するように、いつもの喜八郎の顔が現れる。うん、こっちの方が断然あたしの好み。顔はひとまず良し。そして。
「あとは着物ね」
「先輩エッチ」
そう言いながら胸元を抑える仕草をする喜八郎。
さっきからとことん失礼な奴だ。
「君、いい加減にしないと本気で斬るわよ。馬鹿なこと言ってないで着替えてきなさい。それから顔洗いに行くわよ。ちゃんとお化粧落としてあげるから急ぎなさい」
「はーい」
相変わらず間の抜けた返事をしてくれる。
緊張感のない返事を残して、彼は教室内に置いてあった忍び装束を着ようと引っ込んだ。
さあ、彼が着替えている間にくのたま長屋からちゃんとした化粧落としの道具を持ってこようか。
立ち上がりかけたあたしの背中に、先輩、と中に入ったはずの喜八郎の呼びかけが届く。
「なあに?」
着物を脱ぎかけ、忍び装束の下の前掛けを身につけながら喜八郎が言う。今更男の半裸で顔を赤らめる生娘ではないので淡々とその様を眺めつつ内容を聞くことにした。
「先輩は言葉で教えてくれましたけど、やっぱり実地で教えてもらわないと分かりません」
「え?」
「だから、今度また綺麗な格好してください。もっとたくさん見たら、それで一緒に出かけたら、きっとうまく女装だってできます」
「なに、それ」
驚いた。
思わず呆気にとられてしまった。
それって何、あたしをデートに誘ってるの?そんなこと言ってるんじゃ、女装の練習なんか殆ど建前みたいなものじゃない。
あたしと一緒にいたいと誘うその表情は、しかしいつもと同じで全く読みづらい。でもその言葉の裏にある本音は隠しようもないくらいに雄弁だ。
あたしを誘いたいならはっきり言えばいいのに、この子はもう。
色んなものにかこつけて、とにかくどうにかして接点を持とうとする喜八郎の意外すぎるいじらしさに、あたしはすっかりほだされてしまう。
可愛いわね、喜八郎。その一言だけで今日の無礼は全て帳消しよ。
「そうねぇ・・・。うまく女装できたらね、喜八郎」
「何ですか?」
「御褒美に男装のあたしでデートしてあげるわ」
「おやまあ・・・くのいち教室でも群を抜いて男前だという噂の」
「デート権、中々とれないんだからね。精々あたし好みの美少女になってらっしゃい。そうしたら甘いお菓子みたいに甘やかしてあげる」
まあ普段から何かと甘やかしまくってるような気もするけれど。
とびきり可愛くなったならそれくらいしてあげるのは恋人の役目でしょう?
喜八郎がどこか嬉しそうに視線を泳がせた。
それを眺めてつくづく思う。
可愛いのは今のうち。どうせそのうち立派な大人の男になってあたしなんて簡単に抱き潰せる力だって持っちゃうんだから。
せめて今だけは可愛くって憎たらしい、そのままの喜八郎でいてほしい。
ねぇ、喜八郎。一つだけお願いよ。
色々追い越すのはあたしが可愛い頃の君を堪能し尽くした後にしてね。
幸福なイメージ
綾部が異常に可愛くて困っています。なんであんなに可愛いの!
20期は一応一区切りの御様子ですが、あれ、気のせいですか。
綾部くんの出番少なくないですか?
というわけでトラパーがとことん足りないので脳内補完してみました!
あんまりひっついてないので、次はひっつかせたいです・・・。
(2012/09/19)