「食堂で倒れたそうだな」
面白いものを見つけたとでも言いたげな笑みを浮かべて、仙蔵がの隣りに立った。
体育座りをして揃えた膝に顎を乗せていたは、視線だけ頭上に動かしてその表情を見る。
結局あの後騒ぎを聞いて駆け付けた伊作に、今日の体育は見学だよと言い渡され今に至っている。
六年の体育の授業は合同で行われる。眼前で繰り広げられるバレーはやっぱり小平太率いるろ組が優勢だ。
この状態でバレーなどしようものなら確実に小平太のアタックで死んでいるだろうと思うと、倒れたのもそう悪くはなかったのかもしれない。こういうのを不幸中の幸いだとでも言うのだろうか。
そんなことを思いつつ、しかしはそれ以上に仙蔵に訴えたいことがあった。
「ねぇ、兵ちゃんどうにかなんないの?」
「兵太夫?」
作法委員会で面倒を見ている一番末の後輩の名前に、仙蔵は柳眉を寄せた。
「あいつがお前に何かしたか?」
そんなはずはないだろう。あれはに懐いていて随分気に入っているものだから、危害を加えることはあり得ない。
しかし、の表情は見るからに疲弊した様子で、どうやら何らかの被害を被ったらしい。
仙蔵の問いに、彼女はぶつぶつと小言を漏らす。
「強情なのよ。あたしがいくら駄目って言ったってそんなこと言ったって無駄だよーなんて言っちゃって。ちょっと可愛いからって、いやものすごく可愛いけど、そんなのであたしを誤魔化そうなんてどういうつもりなの、あの子」
「話が見えん。詳しく話せよ。私に相談したいんだろ」
「そうなんだけど・・・。あんまり詳しく話せないっていうか」
「ますますわからん」
詳細を話して楽になりたいものの、兵太夫に言いつけた手前そうもいかない。仙蔵は昔からの馴染みで常識もあるし、一番中立な意見をくれそうだから適任の人物だと思うのだが、おいそれと話すことはできない。
やっぱり自分で解決するしかないのだろうか。
昨日からもう数えるのをやめてしまった溜息がまた吐き出される。ものすごく憂鬱だ。
「難儀なことだな」
そういいながら仙蔵が隣りに腰を下ろした。難儀だと言いつつ、その声音にはどこか面白がっている響きがあるのをは聞き逃さない。
「面白がらないでよ。あたしは、ものすっごく、困ってるんだから!」
暇潰しの玩具になって堪るかと鋭く睨みつけるが、仙蔵はからりと笑って、分かってる分かってると曖昧な返事をするのみだ。
一頻り意地の悪い笑みを浮かべていた仙蔵だったが、ふと表情を引き締めた。
「とはいえ、なぁ」
「何?」
「いくらお前が諭したところで兵太夫が考えを改める気がないんだとしたら、が折れてやるしかあるまいよ」
「それは・・・・」
「無理だとしても、あれが案外強情だということはお前も知っているだろう?」
ならば関係性だけでも好転するように、こちらが変わらなければ道は拓かない。
仙蔵はそう言った。
「要するにもっとあの子を知れってこと?」
判断するにはまだまだ情報が足りていないと。
忍者の本分として、情報というものは抜きみの剣よりも強いことがある。寧ろそれが全ての状況を一転させることだってあるのだから、その要素は非常に重たいものだ。
そういえば彼にも言ったことだが、自分はあまり兵太夫のことを詳しく知っているわけでもない。
知っていることといえば、名前、顔、年齢、表面上の性格、家柄。その程度のものだ。
確かにこの程度の認識の甘さでは、兵太夫を納得させるどころか婚約解消など夢のまた夢、という状況だ。
「・・・一理ある」
「だろう?落ち着け、。我々は忍だ。そう簡単に動揺なんてするな」
ぽんぽんと軽い動作で仙蔵に背を叩かれ息をつく。赤子をあやすような仕草に、は複雑な心境ながらもようやくの落ち着きを取り戻した。
冷静になって考えてみると、順序立てて望めばなんとかなるような気がしてきた。
「じゃあ暫く作法委員会、出入りしてもいい?」
彼をよく知るには委員会が一番だろう。
くのいち教室は委員会活動にはほぼ不干渉だが、望めば参加させてもらえる。ついでに委員長が長く親しんだ者なら気遅れなど皆無だ。
仙蔵は立ち上がり、鷹揚に頷いた。
「構わないさ。ただ、人数足りてないから色々手伝ってもらうぞ」
「生首フィギュアでもなんでも運ぶわよ」
「頼りにしてる。委員共はまだまだあれには慣れないようだからな」
「まあ、あれに慣れるにはそれなりの経験と度胸が必要っていうか・・・」
取りあえず約束は取り付けたので、あとは委員会に顔を出せば良いだけだ。
一応の段取りは成った。そう思ったところでまたくらりと頭が揺れる。気が緩んだのか、また眩暈が襲ってきたようだ。
仙蔵が少し離れたところでバレーの試合に目を遣りながら何かを言っている。しかし、その言葉には殆ど反応ができない。
「この間なんか藤内が・・・?」
うん、仙蔵。聞いてるよ。
そう言いたかったが声にならない。どうしたのだろう。本当に思考さえ回らなくなってきた。
ふと、遠く離れたところから小平太の切迫した叫び声と、文次郎の叱責が聞こえてきた。
「っ・・・!避けろ!」
仙蔵が叫んだ。足が地を蹴る音がする。
はぼんやりと頭上を見上げた。
太陽が鮮烈な光で目に焼きつく。そしてそれが音もなく落ちてきた。そう見えた。丸くて白い、大きな球体。
あ、駄目だ。死ぬ。
回らぬ思考が唯一、それだけを呟いた。
次の瞬間、頭に激しい衝撃。
は明るい世界から、漆黒の闇に叩き落とされた。
今回は兵太夫の出番なしです。
仙蔵はクール、冷静と散々言われてますので、割と相談したら中々良い相手のような気がします。
(2012/08/26)