空が泣きだした。
数刻の会談を終えた途端に降り出した雨に、壮年の男は忌々しげに溜息をついた。
よりにも寄ってこのようなときに降ろうとは、全くついていない。今日はこれから先の両家の安泰を願う門出の日だというのに、いかにも幸先の悪い様子である。
苦い表情を浮かべる彼に、屋敷の主人が気遣わしげに言う。




「今夜は当家にお泊りになられてはいかがですか?これからお帰りになると、お足もとも悪かろう」
「いや、長居するわけにもいくまい。今日のところは失礼致す。お気遣い痛み入る」




そう言って、男は控えていた侍女から自身の笠を受け取ると、手早く紐を結んだ。続いて蓑を纏い、足早に土間に向かう。
もともと古い付き合いである両者であったが、かと言って一晩の宿と食事を要求するのは少し気が引けるところがある。故にあのような契りを交わしたのだ。甘えるわけにはいかない。
容易くその提案を受け入れるには、互いの家の置かれた状況は芳しくはなかった。まだ年端もいかぬ子供たちに安泰を願うのは酷かもしれないが、そんなことに構っていられるほど両家には余裕がない。
本日何度目かもわからぬ溜息をつきつつ、屋外に出る。待機させていた共と愛馬が、主人の登場に顔を上げた。





「では、失礼する」





背後をついて来ていた家主に一礼し、愛馬に跨った。近頃はどうも身体が重い。寄る年波には勝てないということか。
馬上から家主を見下ろすと、固い表情で彼を見守っていた。口元にたくわえられた髭が蠢いて、話出したことがわかる。





「・・・・両家の存続のために」




この男の言葉も重々しく聞こえた。
自分と同じように、家のために子供たちの未来を決定づけることを良しとしてはいないのだろう。
しかし、そうもいかない。抱える家僕たちのことを思えば、情に流されてはならないのだ。
男は笠の庇を上げて小さく頷くと、静かに言った。





「両家の存続のために」





雨は、一層激しさを増した。









  序章です。
  いきなりオリジナルのキャラですみません・・・。
                      (2012/05/03)