*学パロご注意です!
「先生、あのこれ・・・。昨夜一生懸命作ったんです。もらってください」
そんな声が聞こえてきたのは、ハレルヤが教室でうとうとしていた時だった。
放課後の校内は意外にも静かで、おまけに誰もいない教室は空調がほどよく整えられていてうっかり睡魔に襲われていたのだ。
そんなとき耳に入ったのがあの台詞だ。どうも教室近くの廊下、よく音の響く階段の通路からのもののようだった。
声はか細く、明らかに女の声。相対するのは女が何かを渡すのだから男なのだろう。
しかも、あまり宜しくないことに教師だ。
一体何の話なんだか、と顔をあげると、教卓の向こうにかかった黒板に眼がとまった。日付は2月14日。
「ああ、バレンタインか」
独りごちてハレルヤは得心した。
思えば今日の教室の空気はなにやら異常だった。男子も女子も一日中落ち着かない様子で、一様に何かのタイミングをはかっていたようだったのだ。
女子は集まってこそこそと男子の様子を窺ってはきゃあきゃあとはしゃぎ、男子はその内緒話にそれとなく気を遣っていたようだった。
そういえば隣の教室から顔を出したミハエルの髪のセットがいつもより気合が入っていたように思う。今日、女子からチョコレートだかをもらうために色々意識していたんだなと思うと、なんとなくあいつのことが滑稽に思えた。
「今出てくわけにはいかねぇよな・・・」
ミハエルの分かりやすさはともかくとして、午睡から目覚めたハレルヤはそろそろその場を後にしたかった。しかし、帰るには問題の二人がいる廊下を通らなければならないのだ。
きっと女の方は今ならこの辺りに誰もいないだろうと思ってこの場所を選んだのだろうし、真剣な告白の場面に自分がのこのこ姿を現わせば水を差すことに成りかねない。
俺って気配りだったんだな、とこそこそ帰り支度をしながら思うハレルヤの耳に、さらに聞きなれた声が届いた。
「ありがとう、とっても嬉しいわ。大事にいただくわね」
肩にかけた鞄を思わず取り落としそうになった。
いつも聞いているあの声を聞き間違えるはずはない。
「?」
そろりとなるべく音をたてないように扉を開けて廊下を覗き込む。
長い黒髪に、今朝の朝礼で見た淡いクリーム色のスーツのすらりとした後ろ姿が確認できた。背を向けているから顔を見ることはできないけれど、声と後ろ姿だけで確定だ。
女が贈り物をしようとしていた相手は、男の教師ではなく、女の教師。彼と双子の兄であるアレルヤの後見人、もとい恋人のだった。
ハレルヤがわけもわからず呆然としていると、二言三言言葉を交わしたあと女生徒がその場を去った。見送ったはピンヒールの甲高い音を響かせて振り向いた。
「ハレルヤ、趣味が悪いわよ」
話をしている間そんなそぶりは一切見せなかったくせに、どうやらハレルヤの存在に気づいていたらしい。
大人しく教室から出たが、なんとなくばつが悪い気がしたハレルヤはわざとからかうように言った。
「相変わらずモテてるみたいだな、センセ」
異性によく声をかけられる彼女を揶揄した台詞だったが、どういうわけかは意味深に微笑んだ。
女生徒から受け取ったピンク色の可愛らしい包みを細い指で開き、中に入っていたメッセージカードを取り出して一瞥すると、それをハレルヤに寄越してみせた。
「本当にね。さすがのあたしも困っちゃうわ」
「は?・・・・はぁぁぁ?!」
白の繊細な意匠のメッセージカード。生徒でしかも女子からのプレゼントなら、教師であるに宛てた感謝やお礼の言葉が書いてあるのだろうと想像していたハレルヤは、眼に飛び込んできた文言に文字通り眼を剥いた。
『先生、私ずっと先生のことが好きでした。
まさか先生で、しかも女性である貴女に恋するなんて思ってもみなかったけど・・・
いつも綺麗で優しい先生の笑顔を見ていると胸が苦しくなります。
先生のことが本当に大好きです・・・・』
その後まだ数行に渡って言葉が独特の丸文字で綴られていたが、ハレルヤはそれを読むことなく思わずカードを破ってしまった。
カードの内容は彼の予想を遥かに上回り、愛の告白で終始していた。
なんだか眩暈がする。
他校の生徒と喧嘩になって殴り合いになって、右頬にジャブを食らったときだってこんなにくらくらすることはなかってのに畜生。
俺でさえこんなに衝撃を受けたんだ。アレルヤが見たら一体どんな反応をみせるんだ。もしかしてあいつ一週間は寝込むんじゃないのか。
そもそもなんでこいつは暢気にこんなもん受け取ってやがるんだ。
額を押さえて必死にたくさんの言いたいことを堪えるハレルヤを尻目に、は彼が取り落したカードの欠片を拾い上げて悩ましげに眼を伏せた。
「結構こういうのが多くてね。毎年そうなんだけど、今年もやっぱりあったわね」
「あったわね、じゃねぇよ!どうすんだよこれ!あの女本気だぜ?」
言いながらちらりと覗いた箱の包みには、一口大のハート型のチョコレートがたくさん詰まっていた。
さながらあの少女の気持ちだというそれを眼にして、見なければ良かったとハレルヤは舌打ちした。
は手渡された贈り物を眺めてから、それを手持ちのショルダーバッグにしまった。
「何してんだよ」
まさか持って帰るんじゃないだろうな。
ハレルヤはの腕を掴んで自分の方に引き寄せた。
「仕方ないじゃない。だって受け取ったものなのに捨てられないでしょ」
はチョコレートをしまった鞄をハレルヤから庇うように背中に隠した。大事なものを扱うような仕草にかちんとする。
「だからって好きでもねぇし、よく知りもしねぇ奴からもらったもん、お前は持って帰って食べるのかよ」
睨んだ眼が怖かったのか、多少怯みながらも彼女はおどおどと手を持ち上げた。エナメルで塗られた爪先が何かを指している。
ハレルヤは怪訝に思いながらもその先を辿り、指さしたものが何かを知った。鞄だ。
は複雑な表情で、心許なく呟いた。
「ハ・・・ハレルヤだって・・・」
「ああ?俺がなんだってんだよ」
歯切れの悪い様子にイライラする。
「早く言えよ」
「ハレルヤだって、鞄の中にもらったチョコ入ってるじゃない・・・」
それはどうするの、と聞かれてはっとした。
そういえば休憩時間にクラスの女子に呼び出されて、断る暇もなくチョコレートを受け取ってしまった。元々興味もない女で、大した印象にも残らなかったからすっかり忘れていたが、処理に困った自分が鞄にしまったのはありありと思い出せる。
鞄の中では、開封されなかったチョコレートが少ない自分の私物と共に無造作に転がっているはずだ。
でもそんなこと今の今まで誰にも言っていないのに、どうしてこいつが知っている?
ハレルヤが尋ねる前に彼女が言った。
「ミハエルから聞いたの。ハレルヤが女の子からチョコもらってたって」
「あいつ・・・」
ミハエルの悪魔のような笑い声が聞こえた気がした。
彼はその様子を目撃し、その関係に気付いているに告げ口したのだ。
日ごろから何かと争いの絶えないミハエルとの確執にうんざりしながら、誤解をとこうとするがは頭を振って後ずさる。
「ハレルヤ、鞄の中に入れて持って帰るんだって言ってた」
「いいか、。そんなもん、受け取っちまったらあちこち捨てられないだろ・・・」
「それ!」
急に大きな声を上げられぎくっとなったハレルヤの眼前に指が突き付けられた。
「あたしと同じこと言ってるわ!」
「あ・・・」
確かにさっき彼女も同じことを言っていた。
受け取ったものは捨てられない。
「確かに受け取る前に断ればいいけど、その前に今日の日がどういうものか分かってたらそうもいかないわ」
そう。今日はバレンタイン。誰もがこの日を待ち望んでいたはずだ。
普段は勇気が出せなくて想い人に告白できない者が、今日という日は誰にも物怖じせずにその心のうちを告げられる。
その意味を知っていれば、贈り物を無碍には扱えない。
「せっかく勇気を出して渡してくれたのに、気持ちのこもったものを捨てるなんてできない・・・。ハレルヤだって本当はそう思ったから捨てられなかったんでしょ?」
「そんなことは・・・」
彼女の指摘に反論しつつも、ハレルヤの胸中は図星だと囁いた。
別に返事は期待してないの。ハレルヤには他に好きな人がいるって何となく分かってるから、このチョコを受け取ってくれるだけでいい。
ハレルヤを呼び出した女生徒は地味な面立ちをしていた。ハレルヤの好みとは真逆の、冴えない風情の小柄な少女。
ちらっと視線をやっただけで竦みあがるような女だったが、チョコレートを渡そうとするその眼は真剣そのものだった。
今まで声をかけられたこともないし、特に眼にもとまらなかった女だから、多分その辺の女友達にまぎれてずっと自分を見ていたんじゃないかと推察した。
こんな気弱そうな女がこの日ばかりはと勇気を出して自分を呼び出したのには、好感がもてるし度胸があると思った。
だから受け取ってしまったチョコレートは捨てられないまま鞄に入っている。
は黙ってしまったハレルヤの物憂げな表情を肯定として受け取った。
そもそもハレルヤは粗野に見えて、実は他人の心に聡い。余程虫唾の走る相手でなければ許容する意気地がある。
「ハレルヤとあたしは同じ気持ちなのよ。その人の気持ちを思ったら、粗末に扱えない。そういうことなの」
「ああ・・・」
「ただ受け取ってしまったのは貴方やあたしにお互い不実かもしれないけど、でもあたしは人の気持ちを知っていてプレゼントを捨てるようなハレルヤのことは嫌いになっちゃうと思う。だから・・・その選択は間違ってはいないの」
そうでしょ?とは晴れやかに笑った。
どうもには自分の性分を知られすぎている。
でも悪くはない。自分のことを身内以外の人間が理解していて安心するのは、きっとだけだ。
ふ、と息を漏らして知らず入っていた肩の力を抜けば、観念したような笑みが零れた。
「俺だってお前が簡単にそれゴミ箱に突っ込んだら鬼のような女だって軽蔑したぜ」
「じゃあ、あたしのしたこともハレルヤにとって正解だった?」
「ああ、当然」
無表情でピンクの包みをゴミ箱に捨てる。
日ごろからにこにこと笑顔を絶やさないだけに、その想像は現実味がないもののどこか空恐ろしい気分になってしまった。
目撃した瞬間は頭に血が上って怒ったりもしたけれど、今思えばあの行動はらしいものだった。
嬉しそうに笑う彼女の頭を乱暴に撫でて手をとった。
校内だとは手を振りほどきかけて結局やめた。放課後の校内は二人だけ取り残されたように静かだ。きっと誰にもみつからない。
そして何より今はこの大きな手を離したくなかった。
指を絡めて繋ぐ。ハレルヤは嫌がりもせずに、強く握り返してきた。
「帰ったら、ハレルヤにもチョコあげるね」
「作ったのか?」
「ううん、まだ。帰ったらフォンダンショコラ作るから、アレルヤと一緒に食べようね」
ハートのチョコと一緒に飾ってあげる。
軽快に響くヒールの音から彼女が上機嫌だということが伝わってくる。
そういえばは料理とかできたのだろうか?
キッチンに立っているをみたことがない気がするが、想像してみたらなんだか結構いい線をいっている気がする。
ともあれそれはまだ推測の域を出ない事柄だ。
からのバレンタインの贈り物がどういうものか分かるのはもう少し後のこと。
今はともかくご機嫌な彼女を連れ帰ることのほうが先だ。
鼻歌さえ歌いだしそうな彼女に、美味く作れよと小さく言った。
それについての彼らの見解
纏まりなくって話の中で書くとだらだら長くなりそうなので、
この後一部補完しました・・・;;
どんだけ不親切!!
ともあれ、ハッピーバレンタイン!
(2010/02/14)