ハレルヤのキスはまるで何もかもを飲み込んでしまうよう。合間に空気を吸いこんだってすぐに彼が唇を塞いでしまって、あたしはすぐにも死んじゃうんじゃないかっていつも思う。
「……っ、んぅ」
何度も何度も角度を変えて、ハレルヤが執拗にあたしの唇を奪う。
逃げようとする腰を、その逞しい腕で絡めとり一層強い力で抱きすくめられる。
ああ、そんなにきつく抱かれちゃったら折れてしまいそう。
ぎり、と骨が軋むほどの強い圧力に、悲鳴さえ上がりそうになるが、彼が口を塞いでいるためにまともな悲鳴なんて上がりようもない。
でもこの圧迫感は正直に言ってしまうと嫌いじゃない。寧ろ好き。遠慮なく力任せに抱き竦められて、あたしの身体中が哭きながら幸福感を訴える。
きもちいい。
唇はハレルヤのもので塞がれているし、呼吸はままならない。掴まえられた身体も軋みをあげるけれど、こんなにきもちいいのはきっと相手がハレルヤだから。
苦痛さえも快楽と脳が認識してしまう。
でも呼吸が苦しいのも本当。厚い胸板を叩いて離れるように促しても、ハレルヤは気にした風もなく、一瞬唇を離した時に独特の低い声でやけに色っぽく囁いた。
「逃げんな…喰っちまうぞ…」
ちゅ、とリップ音をたてて一度だけ啄むような口づけ。でもすぐに彼は噛みつくようにあたしの唇を貪り始める。
喰っちまうぞ、なんてそんなこと一々言わなくたってもう既に唇は彼に食べられてしまって、このまま離してもらえずに時間が経てばあたしはきっと酸欠で死んでしまう。
この眩暈を伴うほどの苦痛と快楽の中で死んでしまうなんて、どんなに幸せなことなんだろう。
ハレルヤの大きな手が頭に回される。指先でゆるりと首筋をなぞり、あたしの下ろした髪を絡めて優しく引いた。
それはあたしとハレルヤの間だけで分かる合図。お前からしてみろ、と促しているのだ。
「…っ、ん…」
僅かな隙間から酸素を吸い込み、少しだけ息を整える。そういう小さな隙はハレルヤの優しさでもあり、気紛れでもある。あたしが苦しくても着いていけるように、わざとそうするのだ。
優しいなんて言うと怒るから、言ったことはないけれどハレルヤは本当はすごく優しいんだと思う。
どんなに悪ぶって見せたって、彼に溺れるように焦がれるあたしには全部分かってしまう。
だから、ありったけの想いを込めて、彼に触れたところから届くように応えようとする。
あたしは彼の柔らかい唇を甘く噛み、酸素さえ入り込む隙間をなくすように深く口づけた。
「……ん、」
ハレルヤは気を良くしたのか、喉の奥で小さく笑った。
振動が唇を伝ってあたしに届く。
「きもちいい…?」
頃合いを見計らってあたしはそっと唇を離した。
こつん、と額を合わせ、至近距離でハレルヤの金色の瞳を覗き込む。光る金色にあたしの顔が映り込んでいて、胸を締め付けられるような幸福感に襲われた。
実際身体を苦しいほどに締められているわけだが、その痛みはそれとはまた別の痛みだ。
ハレルヤは口端を歪めて密やかに笑った。
「なんて言ってほしいんだよ」
「きもちいいって言って」
「悪かねぇが、もうちょっとだな…。はまだ優しすぎる」
ハレルヤはあたしの唇を指先で緩やかに辿った。
それだけで脳髄に刺激が走るようで、くらりと酩酊するような感覚に囚われる。
うっとりとその感触に身を委ねていると、ハレルヤはまたきつく身体を抱いて、焦点が合わないほどの距離で呟いた。
「教えてやるよ。着いてきな」
どういうこと、と問い返す前に唇が降ってきて言葉を飲み込まれる。
しつこいほどに唇を追われるのはさっきと同じだったが、次は何かが違った。
唇を舌先で舐められ、驚いたあたしは少しだけ唇を開いてしまう。それを待っていたかのように、ハレルヤの舌は並んだ歯列をざらりと撫で、緩んだ隙にいとも容易く口内へと侵入を果たした。
「んっ、は…ゃぁ…、れるや…っ」
堪えきれずに洩れる嬌声すら惜しむように食べられてしまった。
逃げるあたしの舌を追いかけ、ハレルヤが自身を絡めつける。喉を突きそうなほどの衝撃に咳き込みそうになる。目から涙が溢れた。
それでも貪るように求めるハレルヤが愛しくて、口内を蹂躙するそれを歯で優しく甘噛みした。
次第に互いの唾液が絡む音が響き始める。
息もあがり、ハレルヤさえもどこか苦しそうに腰を引いた。
「…っ」
声にはならなかったけれど、名前を呼ばれた気がした。
それは酸素のようにあたしの気管を通る。
苦しいけどきもちいいな。すごくきもちいい。どうにかなってしまいそう。
苦しいのが好きなんて言うと、ハレルヤは怪訝そうな顔をして、お前はMだよな…なんて言われたことがちょっと前にある。
でもハレルヤ、その理由は分かる?
誰にされてもいいんじゃなくて、ハレルヤが苦しくするからきもちいいのよ。他の誰にされたってこんなにきもちよくはならないの。
ただ苦しいのは嫌いよ。ハレルヤがあたしをうんと可愛がって、優しく気道を塞がなきゃ幸せになんてならないの。
想いを伝えるようにハレルヤの首に腕を回すと、彼は角度を不意に変えて、あたしの上顎を舐めあげた。
ぞくりと背中を駆け上がる、それは快感。
堪らずに腰が砕けた。これでもよく保った方だ。
身体を支えられたまま、へたりと床に座り込む。
「きもちいいだろ?」
これが本当の“きもちいい”だ、と言わんばかりに、ハレルヤはにやりと不敵に笑う。
あたしは浮いた涙を拭いながら、ハレルヤを見上げた。
「うん…苦しくてきもちよかった…」
「またそれか…。ったく、はしょうがねぇ女だな。おら、立てよ」
ぐい、と強く引っ張りあげられたが、今のあたしの下肢は全く言うことをきかなくなってしまっている。立てとはいったものの、当然それを知っているハレルヤは殆んど自分の力だけで軽々とあたしを抱えあげ、ベッドの縁に腰掛けさせた。
未だ息の整わないあたしと違って、彼は既に常の正しい呼吸に戻っている。
鍛えるっていうのはこういうところにも表れるのだろうか。
あたしも鍛えた方がいいのかしら、と荒い呼吸を宥めながら思うが、苦しいままなのも悪くはない。
ハレルヤはあたしの髪に手を伸ばし、いつもの粗野な様子とは裏腹な優しい仕種でさらりと撫でてくれる。
それはキスの後に苦しむあたしのために、ハレルヤがしてくれる儀式みたいなもので、あたしが肺活量を鍛えてしまったらもうこうされることもないのだろうかと不安になる。
「ちったぁ鍛えろ」
ハレルヤはそう言うけれど、あたしはふるりと首を横に振って拒否する。
どうせ言わなくたって理由は彼にバレているのだから関係はない。
ただあたしはこの身に注がれる優しい感情に浸ったままいたいのだ。
そう、どうせならあの、きつく抱き締められて、息も止まりそうな苦しい瞬間に死んでしまえたらどんなに幸福なことだろう。
ハレルヤの胸に顔を擦り寄せて、彼の鼓動を聞きながらあたしは幸せに囁いた。
「あたし、このまま貴方に殺されたらすごく幸せ」
killing me softly
ハレルヤが出てこないので脳内補完するために、ハレルヤを。
ハレルヤとちゅーするだけの(痛い)ネタ、 です。
ちょっとハレルヤにはフィルターがかかりすぎてて、若干偽物っぽい・・・。
でもこれくらい優しい気がするんだけどな!
ヒロインさんはM、ハレルヤはS。
素晴らしい関係だと思うんだけど・・・。
因みに当サイトのヒロイン、アレルヤ、ハレルヤは平穏な三角関係です。
(2008/10/13)