彼女の性格が残酷かそうでないかに関わらず、その時聞いた一言は明らかに残酷な響きを伴ってアレルヤには聞こえた。
アレルヤの心を傷つけておきながらの表情は朗らかで、それだけを見ていれば傍目には和やかな会話のように映るが、アレルヤの胸中はそんなものではなかった。
何度も数秒前の彼女の言葉を反芻している。
今は僕に何て言ったんだろう。
確かに届いているのだけれど、もうこの数秒で何度も唱えているのだけれど、認めたくなくて思考がうまく纏まらない。
アレルヤが見るといつも言葉に詰まってしまう綺麗な笑顔で、声を聞くだけで幸せになれる声で、よりにも寄って彼女が告げたのは何だっただろう。
「ロックオンとね、つきあうことになったの」
そうだ、そういうことだ。
つきあうって、ミッションについて行ったりトレーニングの手伝いをするとかそういう意味じゃない。
「恋人になったんだ・・・」
声に出して胸の奥がぎゅうっと締め付けられるような痛みに捕らわれた。
それもそのはずだった。アレルヤはずっと彼女のことが好きで、きっと初めて会ったときから気になっていた。人に好意を持ったのが初めてだったために、どうこの想いを伝えていいか分からずにまごまごしていたアレルヤをは可愛がり、弟のようにあれこれ世話を焼いてくれた。
いつかはちゃんとに好きだって打ち明けよう。
そう思ってアレルヤは彼女の可愛い弟≠ニして、それなりに長い時間をかけて信頼関係を作り上げていった。
は誠実だった。
嘘を全くつかなかったわけではないけれど、アレルヤを傷つけるようなことは決して言わなかった。
優しくて、自信をなくすたびに叱ってくれて、何より返してくれる感情そのものが本物だった。
彼女に会うまでそんな風に優しく扱われたことなどなかったアレルヤは、ますますの優しさと温もりを拠り所に、精神的な部分で多くを幸いとして感じてきた。
叶うならば、も自分と同じ気持ちでいてくれるといい。
隣で楽しそうに話す彼女の横顔を見ながらそう思っていたアレルヤに、しかし告げられたのは想像し得ない内容の事柄。
だって今まで色んなことを話したけれど、ロックオンのことが好きだったなんて一度も聞いたことがない。寧ろ、自惚れだったかもしれないけれど、彼よりも自分の方がもっと親しくしていたし、会話だって多かったはずだ。
きっとロックオンよりも自分の方がのことを知っている。好きな色、気に入っている場所、苦手なもの。それだけじゃない。緊張すると服の裾をぎゅっと握ってしまう可愛い癖だって。
どんなことも知っているはずなのに。
どうして彼女がロックオンに想いを寄せていたなんて今の今まで知らなかったのだろう。
「ロックオンがね・・・」
不意にが話しかけた。
はっと気付けば俯いていた顔をあげて、次の瞬間にはあげなければ良かったとアレルヤは後悔した。
なんて幸せそうな顔だろう。
頬を僅かに紅潮させて少女のように笑う様を、アレルヤは胸が裂ける思いで見つめる。
ああ、この笑顔が僕がもたらしたものだったら。
思ったところで、彼女の心はとうにロックオンに奪われている。
後悔も空しく、彼女はアレルヤの知りたくないことをつらつらと告げてくれた。
内容が頭に入らずに、アレルヤは、へぇ、とか、そうなの、と人形のように相槌を打つだけだった。
震えそうになる声で、とにかく何か言わなくちゃと勇気を奮い立たせる。
「おめでとう・・・本当に良かったね。僕も自分のことのように嬉しいよ」
そんなわけあるか、と頭の隅でハレルヤがイライラと言った。
その通りだよ、ハレルヤ。
足元から地面に向かって血の気が引くような感覚を覚えながら同意した。
嬉しいわけなんかあるものか。今更ながらに自身の行動の遅さと、心にもない一言に吐き気がするほどの嫌悪感を抱いた。
しかし一方で、こんなに幸せそうな彼女の想いを踏みにじるような台詞や、振る舞いをしたくないとも強く思う。
だってこんなに好きな人なのに。
が心の底から喜んでいることを、一番に他の誰でもない自分に真っ先に報告してくれたのは、確信的に自分がその話をするに足りる人間だと信じてくれたからだ。それなら、自分はその気持ちに報いるためにも誠実な態度で返すべきなのではないか。
とはいえ、実際のところ彼女への気遣いをするには精神が参ってしまっている。失礼なことを言ってしまう前に立ち去ってしまいたいと思いながら、また気のない相槌を返していると、不意にドアが開いて、が、あっと反応した。
「、お前こんなところにいたのか」
「ロックオン!」
厚い鉄の扉から顔を出したのは、つい先程から名前を聞いたロックオンその人だった。
扉に手をかけて人好きのする笑顔を浮かべた同僚の顔を見て、アレルヤはひどい居心地の悪さと複雑な気分を感じた。
すぐ傍にいるの顔を見るのが怖い。あんなにいつだって見たいと思っていた顔なのに、今はその優しい面差しを見るのは苦痛だ。見なくても分かる。今、彼女の顔はアレルヤと話していた瞬間とは比べ物にならないほど晴れやかに微笑んでいる。
アレルヤが固まったまま俯いていると、あの柔らかな花の香りだけを傍に残して、はロックオンの傍へ近寄っていった。
彼女が手を伸ばせば、ロックオンがそっとあのしなやかな手を取る。
その一連の二人の所作に、他人には到底入り込めない雰囲気が漂っていた。
「探しただろ。あんまりふらふらするな」
「ふらふらなんて失礼な・・・。あたし、そんなふらふらしてないわ」
「じゃあなんでいつも中々見つからないんだよ?探すの結構大変なんだぞ」
そう言いながらも、ロックオンの彼女を見る眼は優しい。その碧い眼がちらっとアレルヤを見て微笑んだ。
昨日まで何の気兼ねもなく受け入れていた視線が、今はひどく居心地が悪い。
見られたくない。
そう思って不自然に顔を背けてしまった。
ロックオンは何も言わなかった。失礼な態度をとったのに、咎めることもなく触れないでいてくれる。
ふと、そういう言葉に出さない優しさがの気を引いたのかもしれないと思い至った。
そうだよね。こんなに大事にしてくれているのに、彼を好きにならないはずがない。
そう思ってしまえばますますこの場にいるのが辛くなってしまった。
はロックオンとの会話に夢中のようだし、悲しいけれど自分がいなくなってしまっても気にも留めないだろう。
「じゃあ・・・僕はこれで」
小さく言って部屋を辞そうとしたとき、気付かないと思っていた当人から背中に声がかかった。
「またね、アレルヤ」
またね、だなんて。
泣きそうになりながら、アレルヤは小さくうん、とだけ頷いた。
その言葉が、昨日までは本当に好きだった。明日もまたアレルヤに会うつもりで、当然のように言うあの約束が。
今はその約束が、妙に重い。
一人の静かな廊下に足を止めて蹲る。
「ひどいな・・・」
ひどい。
昨日まで、あんなことを聞くまでは、すごく幸せだったのに。
それなのに、またね、だなんて、いつもみたいに約束をして。
あの人は、明日も僕が笑って何事もなかったみたいに話せると思っているのだろうか。
膝をついたまま動けずに、アレルヤはただ子供のように声を殺して泣いた。
あんなに好きだったのに。
もっと早く、ロックオンより早く好きだと言っていれば。
彼女に対して尻込みなんてしていなければ。
僕らの関係は、その瞬間から何か変わっていたのかな。
あまりの静けさに耳が痛くなる廊下で、アレルヤは肩を震わせた。
明日、眼が腫れていなければいいけど、とどうでもいいようなことが心配される。
この期に及んで、まだに心配をかけたくないと思ってしまう。そんなこと最早何の意味もないのに。
白熱のライトがアレルヤを照らす。
縋るものもなく、小さく嗚咽するアレルヤに静謐と孤独がそっと寄り添った。
ずうっと君に言いたかったよ。
何を言いたいか大概悩んだんですが、大体この辺りに着地しました;
まだお題残りまくってるんですが書けるのか本当に疑問。
なんか・・・選択を誤った感じですorz
(2009/10/18)