「僕と君が出逢う前の分だけ好きって言って」
誕生日に欲しいものはなに?と尋ねたに、僕は形に残らない“言葉”を求めた。
物なんていつかは何かに埋もれてしまうし、君が今僕に対して思ってくれていることが真実なら、この先もしもその気持ちが変わってしまっても構わない。今一番欲しいのは、君の偽りのない想い。好きっていう言葉、その声だけ。
想いがなくなっても壊れずに未だそこにある物を眺めるのは苦痛だ。
は恥ずかしいな、と顔を真っ赤にしたけれど、今日は僕のお願いを何でも聞いてくれるつもりだったようで、僕の手をその小さな手で取ると優しく握りしめて好き、好きと何度も繰り返した。
お願いしておきながら、本当は嫌だって言われると思っていた。こんな非常識な願い事なんてきけない。そう君に言われると思っていた。
でもどうしてだろう。は恥ずかしいと言っただけで、嫌だなんて言わなかった。
「好き。好き。アレルヤが大好き。ずっと好きだった」
繰り返される。何度も何度も。僕は眼を閉じてその告白に聞き入った。
生まれてから好きだなんて、に逢うまで誰にも言われなかったな。いや、ひょっとしたら機関に入る前にあったのかも知れない。でもそれ以前のことなんて殆んど記憶にはないんだから、そんなものは無いに等しかった。ハレルヤが言うように身体のあちこちを弄られて化け物になってしまった僕を愛してくれる人なんてあの地獄のような所にはいなかった。
君に辿り着くまで、一体どれほどの時を孤独の中で生きてきたんだろう。とても長かった。とても冷たかった。ずっと続くんじゃないのかとさえ思えた。
でもソレスタルビーイングに拾われて、初めて君に会った時、その長くて冷たい季節が終わったんだ。
恋は落ちるものなんだってロックオンが言っていたけど信じてなかった。でも本当だったね。やっぱりロックオンは経験が豊富だったみたいだ。僕も一瞬で足下を掬われた。
日毎君を追う視線。止められなかった。ずっと追いかけてたからよく眼が合った。
好きだなって思ったけど言うのが怖かった。僕みたいな化け物が、こんなに綺麗な人にそんなこと言っていいのかなって。君が今何度も言う好きの一言は、あの頃の僕にしたら口にするのも恐ろしい呪いの言葉だった。僕のような暗闇に蹲るだけの存在に、太陽の下で微笑むのが当たり前みたいな君をそんな言葉で汚してしまわないだろうかとそんな考えばかりが付きまとった。
僕に改めて言われるまでもなく、人に好かれる君は過去にも何度だってその言葉を囁かれただろう。僕の知らない人に、今みたいに何度も何度も。
僕の知らない君の過去なんて要らない。知りたくない。
だから僕を知るはずのない過去の分までも愛しているだなんて言わせるのは、醜い独占欲だなんて百も承知だ。
叶うなら言った数だけ、僕を除いて君に関わった人全部忘れればいいのに。
最後に残るのは僕だけ。君に関わったことがあるのは僕一人。そうなればいい。君の過去を上書きしてしまえたらどんなにいいだろう。そうしてそのまま、これから先も僕以外を知らずに生きればいい。
…なんて浅ましい妄想なんだ。その傲慢さに眩暈を覚えた。
僕はどうしようもないくらい馬鹿だ。そんな自分本意の考えで彼女の未来を、それだけでは飽き足らず過去までも自分のものにしようと考えている。
どうかしている。は人形じゃない。そんなことは自分がよく知っているはずなのに。自身を軽んじられる行為を彼女は酷く嫌う。もし、今僕が思っていたことを知れば、彼女は一体どういう行動に出るだろうか。
殴る?詰る?
そんなのは痛くもない。僕の心を抉るのはそんな行動じゃない。
ただ一言、嫌いだと言われること。それが一番僕を苛む行動だ。
「アレルヤ?」
「ぁ……」
ずっと続いていた声が不意に転調した。僕の顔を心配そうに覗き込むの声に、僕はようやく我に返った。
「……なに…?」
上手く言ったつもりだったけれど声が掠れた。
は僕の動揺を見逃してはくれなかった。握った手を僕の膝に戻すと、床に座り込んでそっと手に頬を寄せた。柔らかな重みにどきりと心臓が踊る。
「たくさん好きって言ったのに、アレルヤはなんだか苦しそう」
嬉しくなかった?
囁くように言った。
そんなはずない。君に言われて嬉しくないはずが。
違うと頭を振って否定した。
「違うよ…。そんなことあるはずない。君に言ってもらえるなんてすごく嬉しいんだ…。本当だよ」
「ならどうしてそんな顔するの?」
「そんな顔…?」
何のことか分からず問い返す。
は身体を起こすと、優しい仕草で僕の目尻を指先で辿った。途端にぽろりと滑り落ちる一雫。それは彼女の指を伝ってその掌に転がった。
「…涙」
「あ…っ…」
泣いていただなんて気付きもしなかった。指摘されてから思い出したように滑り落ちる涙を隠そうと慌てて俯いた。
僕にだって男としての自尊心がある。まさか好きな人の前で泣くだなんて恥ずかしい。
けれどは僕に上を向かせるとぎゅっと細い腕で僕を抱き締めた。特有の柔らかくて優しい感触に息を呑む。何も訊かずにただ優しく抱き込んだ頭を撫でてくれる。その眼を見ることはできない。
「ごめ…っ、ちょ…と、とまら…」
「いいの。傍にいるから…アレルヤの傍にいるから我慢しないで」
そんな言葉をかけてくれたのも君が初めてなんだよ。全部全部君が初めて。
誕生日を祝ってくれたのも、好きだって言ってくれたのも、何だって全部。
だからお願いだよ。
浅ましい僕を知っても嫌いになんてならないで。
君がくれたたくさんの『好き』を過去のものにしたくない。過去さえも欲しがる僕に、君が過去になってしまうことがどうして耐えられるだろう。
化け物の慟哭を、優しい君はしっかりと抱き止めてもう一度言ってくれた。
「好きよ、アレルヤ。次の誕生日もその次も、ずっとずっと好きって言うわ…。約束よ」
は身勝手な僕をずっと愛すと言ってくれる。
ああ、その優しい色の眼が見たい。
でも溢れ出る涙、嗚咽に、僕はただただその胸に身を委ねるしかなかった。
ただ、分かるのはその瞳に宿した蒼の意味。染まる色はきっとそんな感情だ。見なくても分かる。君の瞳は今。
憐憫に染む
アレルヤ、ハッピーバースデイ!!
あと一か月耐えられない;
(2009/02/27)