ここは朝も夜もなく、永遠の暗闇。
温度もなく、熱いとも寒いともつかない外気は、触れた人肌で初めてその温もりを知る。
いっそ気分が滅入ってしまいそうなそんな空間の中でさえ、アレルヤは至極幸せそうに微笑んだ。
「ん?なに?」
腕に抱いたままの女が身じろぐ。
二人分の体温を吸収してぬくぬくと温かくなった毛布の中で、裸で抱き合ったままもう数時間を過ごしている。
脱ぎ捨てた衣服は、備え付けのベッドの足もとでこちらも離れないようにとでも言うように、お互いを抱きしめ合っていた。
ベッドサイドに灯した柔らかな明りの下で、がとろんとした甘い青色の瞳でアレルヤを見つめている。
至近距離で見る彼女は、なんだか普段よりも幼げで安心する。彼女はほんの二歳ほど年上なだけなのに、いつも余裕があって落ち着いていて、自分ばかりが子供のままみたいだとアレルヤはいつも思っていたからだ。
流れて頬にかかる艶やかな黒髪を指先で払ってやると、はにこりと笑みを零した。
「ねぇ・・・なあに?」
教えて、とアレルヤの胸元に擦り寄る。
機嫌のいい猫みたいで可愛い。機嫌がよくなくたって、が可愛いのは変わらないけれど。
さらさらと手触りのいい髪を撫でながら、アレルヤは言った。
「あとちょっとで今年が終わるなぁって思ってね」
「それがどうしたの?普通のことよ」
は少し頭を擡げて壁に取り付けた時計を見遣った。
あと数分で日付が変わる。それは今年の終わりを意味し、また新しい年の始まりをも意味していた。
だけど、それに一体何の意味があるのだろう。
新しい年が始まって1月1日を迎えようと、“今”が“明日”に変わるだけ。昨日と何も変わらない。
アレルヤは同じように時計を見てから、またに視線を戻した。
「普通じゃないよ。僕にはすごく重要なことだよ」
「重要?」
「うん、とてもね」
疑問符を浮かべたの頬にそっとキスをする。
大人しく唇を受ける彼女に拒否の色はなく、それだけで満ち足りた気分になる。
「君とこうして新しい年をまた迎えられるようになるなんて、あの暗闇の中では思いもしなかったよ」
去年の今頃はあの暗くて冷たい海の底のようなところにいた。
ただ独りで、苦しみを分かち合う彼女もなく、一生をこの暗闇の中で贖罪の念と共に、命潰えるまで死んだように生きるのだろうと思っていた。
なんという無為。虚無感と絶望、あとは後悔。
最期に見たの泣きそうに歪んだ笑顔が眼に焼きついて離れなかった。閉じられた厚い扉の向こうで声を殺して泣いたのだろうと、そんな彼女を置いて遠いところで縛り付けられたままの自分に嫌気がさした。
肩を抱く人もなく、ひとり泣き崩れるを思うと、無力に項垂れた一方で生きなければ、という思いが募った。
生きて、もう一度君を抱きしめたい。触れあいたい。キスがしたい。
独りになんて、今更できない。
それだけで生きた4年間は、あの青天の日に終わりを告げた。
今はこうして二人で、望んで恋い焦がれた温もりだけで温め合っている。
もう二度と感じることのできないと思っていた幸福。また一緒にいられる。
壊さないようにと優しく、細心の注意を払って淡く色づいたの唇に触れる。
「ねぇ、キスしない?日付が変わるまで」
「え?」
きょとんと眼を丸くしてが短く問いかけた。首を傾げる様が可愛い。
アレルヤは耳に唇を寄せて、2人だけしかいない部屋のなかで内緒話をするように小さく囁いた。
「今から日付が変わるまでキスしよう」
「今からって・・・結構あるわ」
「大丈夫、すぐだよ。苦しくしないから、ね?」
ずっとキスがしたかったんだ、と言うと、は白い頬を桜色に染めた。いつも強気な彼女が少女のようになっている。
困ったように一瞬視線を泳がせたけれど、最期はこくんと小さく頷いた。
そっと眼を伏せた長い睫毛に小さく口づけて、柔らかな頬に手を添えた。
「好きだよ・・・」
吐息で言って、そのままの唇を塞いだ。
年が変わるまで2分。日付が変わるまで口づけを。
ちゅ、ちゅ、と優しく啄ばむように唇を交わす。角度を変えて何度もしていると、不意に指先で肩甲骨の辺りを撫でられた。温かな手が形を確かめるように動いていく。
くすぐったい。
一瞬離れた合間に静かに笑う。もまだまだ余裕だった。
甘い唇を舐めて、アレルヤは少しだけ深いものにした。でも、の綺麗な歯列は閉じられている。侵入を拒んでいるのだ。
入れて、と言葉なく懇願してそれも舌先で辿った。彼女の細い肩が揺れる。
呼吸が続かないから、と拒んでいるのだろうが、髪を撫でていると次第にアレルヤを招き入れるように開き始めた。
僅かな隙間から漏れる吐息が誘うように熱い。アレルヤがそう感じた時にはもう口づけはより深いものに変わっていた。
「ン、・・・・・っ、ふぅ・・・」
苦しげに呻きながら、が口内で蠢くアレルヤを受け止める。
強張った肩を優しく撫でながら、逃げるを追いかけ翻弄していく。
唇から、どちらのものともつかない唾液が零れて彼女の口元を汚した。
そんな瞬間も、アレルヤは流れた数秒をカウントしていて、この行為の終わりが近づいていることを知る。
あと5秒。上あごを舐める。
あと4秒。苦しげな彼女の頭を抱きこんだ。
あと3秒。ぎゅっと首に絡まる裸の腕。
あと2秒。唇は離れない。
1秒。
「・・・・・っ!」
きつく抱きしめて重ね合っていた唇を、アレルヤは名残惜しく離れた。
あまりの苦しさからか、は涙を零して息を乱している。
「・・・明けましておめでとう」
「おめ、でと・・・・」
状況にそぐわないかな、と思いながら新年の挨拶をすると、絶え絶えながらも返事が返ってきた。
そういうところ、は凄く律儀だなぁ。
あやすように背中を撫でながら、アレルヤは時計を見上げた。
懐古主義的なアナログの時計は、グリニッジ標準時で0時00分を指していた。新しい年の始まりだというのに、なんだかふわふわと浮いたような気分になっている。
もアレルヤと同じようで、数秒前までの口づけにまどろんだ様子で丸まっている。
暗い室内に穏やかな空気が漂っている。
もうずっと、この人とまみえることはないと思っていたから、こうして一緒に新年を迎えることになるだなんて夢のようだった。
安心しきったの表情に、堪らなく愛しさがこみ上げてくる。
温かい毛布の中で身を寄せ合って眠ることの幸せは、暗闇の中にいてさえアレルヤを酔わせるには十分だった。
やがて、静かで規則的な穏やかな寝息が聞こえてきた。が眠ったのだ。アレルヤに抱きついたまま、親に庇護される子供のように安らかに眼を閉じている。
腕には力がなかったけれど、その優しい重みだけでアレルヤの心は満たされる。
いっそ捕らわれるのならばこの腕の方がいい。
暗闇は、彼が幼いころからずっと付きまとった牢獄だ。
「でも・・・君となら幸せだ・・・」
この人がいれば漆黒の闇も悪くはない。
触れる体温も、君のものさえあればいい。
光がなくてもいいや。
アレルヤは毛布から腕だけを出して、サイドボードの明りを消した。一瞬で目の前が暗くなるが、慣れてしまうとさっきと同じように眠るの顔が確認できた。
自分を頼って安心した寝顔に、もう一度だけ内緒でキスをした。
アレルヤの幸福な夜は静かに更けていく。
アナログの時計だけが二人の時間を静かに刻んでいた。
birth by kiss you
新年早々アレルヤです。
なんだか今年も何
かとアレルヤに振り回されそうな予感です。
困る・・・いや寧ろ本望。
おめでたい日なので、せっかくなので甘めにしてみました!
タイトル決まらなかったので雅楽ちゃんからいただきました!ありがと!
(2010/01/01)