終わらせようなんて、彼のもとに最愛の人が帰ってきている今だって絶対に言えやしない。
卑怯だなんて言わないで。
あたしはただ彼が好きなだけ。
年下で、可愛くって、優しくて、温かい彼が好きなだけ。
恋人がいる今でさえあたしを彼女とは違う意味で求めるなら、不実だとしても応えていたいの。
ああ、ほらまた。
彼の指先があたしに触れる。
「・・・・・何を考えていたの?」
真っ白なシーツの浪間に広がるあたしの長い髪を、アレルヤは優しく掬いあげてキスをした。
暗い部屋に響く静かなその声に、あたしはうっとりと眼を細めて酔いしれる。
きっとあの子でさえ聞いたことのない、楽器の音色みたいな綺麗な声が耳朶を掠めて、鼓膜を震わせて身体の中に沁み渡った。
アレルヤは優しい瞳であたしを見つめて、あたしの言葉を待っている。だけどあたしは彼が撫でる掌の温かさと、抱かれた余韻、倦怠感と酩酊感の底でゆるりとまどろんだ。
「ねぇ、何か言ってよ」
焦れたようにアレルヤがむき出しのあたしの肩に唇を落として、次の瞬間にはちり、と焼けるような痛みが皮膚に走った。
痕がまた一つ追加された。
もう胸元もこんなに真っ赤な花が咲いてしまったのに、彼はまだその痕跡を残したいらしい。
長い指がそろりと首筋を辿って、緩やかな胸の膨らみを伝い頂を摘みあげた。
「っ・・・あン」
身じろいで甘く啼いたことに気を良くしたのか、アレルヤは僅かに身を起してあたしの顔を覗き込んだ。
闇の中で光る金と銀の双眸があたしを捉えて離さない。視界いっぱいにアレルヤの優しい笑顔が映される。
「よかった、やっと可愛い声が聞けた」
「もう・・・さっき散々したのにまだしたいの?」
両手を伸ばして彼の頬に触れる。顔に垂れる長い前髪を払って、額に口づけると唇に僅かな鼓動を感じた。
生きている。
“今”は、他の誰でもないあたしの眼の前、閉鎖されて海の底みたいに静かな部屋の真ん中で確かに生きている。
アレルヤは腕の力だけで自分の身体を支えて、あたしを潰さないように慎重に覆いかぶさった。鍛えあげた筋肉があたしの柔い肌に触れる。
耳元でアレルヤが意地悪く、何を?と問い返した。微笑を含んだ吐息に耳から静かに犯される。
あたしとすることなんて身体を重ねること以外ないというのに、本当に意地が悪い。
でも、こんなに挑戦的なアレルヤをかのマリー・パーファシーは知っているのかしら。
いいえ、知らない。彼女が知っているのはただ優しく触れるだけ、それ以上何も望まない模範的ですごくおりこうさんのアレルヤだけ。
本当のアレルヤ・ハプティズムという人はそんな人間じゃない。あたしだけが知っている。
思いのままにあたしを抱いて、弱さも痛みも、挙句醜い内心をもさらけ出せる、ただの男。
彼女が思っているほどアレルヤは優しくもないし、正しくもない。弱くもないし、強くもない。
マリーを愛していると言った唇で、あたしに深く呼吸を奪うほどのキスを贈るアレルヤを、貴女はきっと知ってしまえば許しはできない。
それを知りながら、アレルヤもあたしもまだこの打算的な関係をもうずっと繰り返している。
始まりは若さと退屈を持て余したただの暇つぶし。でもあたしはずっとアレルヤが好きだったから、断る理由もなくすぐに彼の胸に飛び込んだ。温かいアレルヤの体温に、あたしの身体も心も成す術なく捕らわれた。
アレルヤは優しくて、いつも情事が終わった後もあたしの髪を撫でて抱きしめてくれた。
マリーを取り戻した前後、好きだとは当然言われていなかったし、最愛が帰ったのだからあたしはもう要らないんだろうななんて思って振り切る決意はしてみたけれど、アレルヤはこの手を掴んで苦しそうに言った。
行かないで。
どういう意図だったのかは今も分からない。
でも、あたしが彼に打算で抱かれるのには価値があるの?
あたしはただ抱かれるためだけのお人形じゃない理由がまだ答えの出ない幼い彼の奥底にあると言うの?
だったらもう悩む必要なんてなかった。あたしはいつかの時と同じようにアレルヤに縋って身を委ねた。
もうそんなことがずっと続いている。
マリーを部屋に送り届けた後、自室に帰ると見せかけてアレルヤはあたしの部屋の戸を叩く。ノックが三回、開ければ抱き締められて縺れるように絡み合う。
「考えているんだ・・・」
アレルヤが寝入ってしまう直前のような囁きを零す。
あやすように背中を撫でると、二の句を次ぐ。
「もし・・・もしマリーにこのことがバレたら僕たちどうなってしまうんだろうって」
「バレないわ。ちゃんと隠してるもの。心配しないで・・・貴方に迷惑はかけない」
「迷惑って・・・僕の我儘にが付き合ってこんな格好させられてるんだよ・・・。迷惑かけてるのは僕のほうだ・・・」
良心が痛むのだろうか。アレルヤはシーツを引き寄せると、裸体を隠すようにあたしをそれでそっと包んだ。アレルヤの香りが染みついている。独り寝の夜はいつもこの香りを頼りに長い夜を過ごすなんてアレルヤは知らないんだろう。あたしは彼が思うほど強くはない。
こうしている間も堪らなくなる。
アレルヤの肩に顔を押しつけてしがみついた。彼は拒まない。腕を回してあたしの身体を引き寄せると、力強く抱きしめた。
こんな風に抱きしめてくれるのにアレルヤはあたしのものではなく、初めから、出会ったときから、あの真っ白で小さな女の子のものだった。
あたしは恋人でもなく、ただの慰めの対象。
「ねぇ・・・」
言葉がついて出た。
(マリーなんてやめてあたしにしない?あんな娘より、もっともっと貴方を愛してあげる。骨の髄まで愛して愛して、それでも足りないからあたしは貴方のために過去も未来も現在も、全部貴方にあげる。それでも貴方が足りないなんて言うなら、命さえ惜しくはないの)
声になんてならなかった。
アレルヤの穏やかな銀と金の瞳があたしを見つめたけれど、それ以上の言葉は続かなかった。
代わりに口から零れたのは実現もしそうにない絵空事。
「バレたら、二人で逃げちゃう?アレルヤとだったら、どこへでも逃げられるわ」
「そうだね・・・逃げちゃおうか。となら、なんだって出来るよ」
「どうやって逃げるの?」
「アリオスでは逃げられないね。すぐに見つかってしまうよ。そうだ・・・強襲用コンテナで地上まで逃げて乗り捨ててどこか行ったことのないところに行こう」
「逃げられるかしら?」
「きっとね・・・」
そんな気なんてないくせに。
マリーを守って、ずっとそばにいるんでしょう?
あたしなんて世界が平和になったら、さよならして捨ててしまうんでしょう?
甘い言葉がそのままあたしの未来になるだなんて、そんな都合のいいこと思ってやしないわ。
糸を繰るように辿る指先を肌に感じながら、あたしは心の中で呟いた。
ねえ利き男、冗談よ。左様なら。
FAKE LOVERS
ずっと林檎さんの歌ばかり聞いてたからか、こんな暗い話に!
でも近頃の展開と新EDは藤原を一週間落ち込ませる破壊力を伴っています・・・。
マリーがいながら別の女とやることはやってるアレルヤってどうなの?
お先がない感じで背徳です。
アレルヤが最低なお話でした・・・。
(2009/01/20)