日頃から武力介入だ、紛争根絶だなんだと、基本的に重苦しい雰囲気が辺りを占めるソレスタルビーイングだが、ことイベントに関してはその空気は全く別のものだった。
日頃から『息抜きが出来るときはとことん息抜きする!』という指揮官であるスメラギの方針通り、望むと望まざるとに関わらずほぼ強引に休息を取らさせるクルーたちだったが、その日は皆大した異議もなく大人しく、しかし賑やかにその休息を楽しんでいた。
普段は無機質な壁のそこここに取りつけられた紙の輪を連ねた飾り。
黒とオレンジのリボン。
甘く似た南瓜の薫り。
そして当たり前のように中身をくり貫かれて、大きな丸い目とギザギザに刻まれた口を笑みの形に開けられた南瓜のライトスタンド。
トリック・オア・トリート!と、穏やかなのかそうでないのか判別に困る合言葉。
その日、グリニッジ標準時は10月31日のハロウィンを迎えていた。
「なんだかすごく賑やかだね。刹那はお菓子とかもらったのかい?」
宴に少し外れたところでその様子を眺めていたアレルヤは、同じように隣に立つ刹那に声をかけた。
刹那はこくんと頷いて、傍らに置いていた紙袋を広げて彼に見せる。
「これがラッセ。こっちの桃色の袋のがフェルトだ。なんだか知らないが他にもたくさんもらった」
「なんだか知らないって今日はそういう日なんだよ、刹那。今日はハロウィンだからお菓子とかもらってもいいんだ。もらえなかったら悪戯をするものらしいよ」
成人した刹那がお菓子をもらうのが正しいかどうかは本当は分からない。
とはいえ、袋いっぱいに詰まったお菓子を大事そうに抱える刹那を見ていると、未成年だろうが成人だろうがその行為にさしていちいち口を挟む気にはなれなかった。
要は刹那にお菓子をあげたいという皆の気持ちの結果で、それを受け取り彼が満足しているなら、そのこと自体に何の問題もないということだ。少々本来の意味と間違えていたって楽しければそれでいいんじゃないかとアレルヤは思う。
「それにほら、ミレイナとか仮装してるでしょ?そういうのも今日はありなんだよ」
「ミレイナ・ヴァスティ…あれは猫か?」
じーっと跳ねるツインテールを見つめて、刹那は首を傾げた。頭につけた猫耳と腰下から伸びる長い尻尾を不可解に眺める。
「皆結構色々やってるね。ティエリアも巻き込まれて魔法使いだし…。そういえばもせっかくだから何かするって言ってたなぁ」
魔法使いやら包帯男やらのわらわらとした一団の中に恋人であるの姿を探す。しかしその秀麗な面はその中には見当たらず、この室内にはいないことが容易に見てとれる。
準備が長引いているのだろうか。
それから暫く待ってみたが一向に彼女が姿を現す気配はなく、刻々と時間だけが過ぎていく。
あまりあり得ないことだが、寝ている可能性も捨てきれない。昨夜空けた酒瓶の本数を思い、アレルヤは取り敢えずその様子を伺うことにした。
適当に刹那と別れを告げ、通い慣れたの部屋へと歩みを進める。
何度か角を曲がり、ようやく目的地に辿り着いた。部屋からは物音が一切聞こえない。
ああ、やっぱり…。こういうところだけはお約束と言うべきか何と言うか。
苦笑を漏らしながらアレルヤはその扉を三度ノックする。
「、アレルヤだよ。起きてる?」
声をかけてはみるが、やはり応答はない。
仕方ないと溜息を吐いてアレルヤは扉のロック解除にとりかかった。数字の並んだキーを軽い所作で叩いていく。
暗証番号は非常に単純で『0227』。アレルヤの誕生日を四桁に表した数列だった。通常ではこの番号だが、アレルヤと喧嘩した時や仕事に専念したい時などには容赦なく不可解な番号に変えられてしまう。しかし最近の記憶では彼女の機嫌を損ねた覚えはひとつもない。通常の番号の入力をシステムが認識した。空気の抜けるような軽い音と共に扉がスライドする。
「入るよ」
返答がないことは確認済みだったが、知らぬ顔で部屋に上がり込むのは気が咎めたので、一応断りをいれてから部屋に入る。
室内は予想に反して暗くはなく、柔らかな暖色系の灯りがぼんやりと辺りを照らしていた。
アレルヤが動くたびに壁に映った影も大きく動く。
重力制限された室内は浮くこともなく、地上とほぼ同じように動くことができて快適だ。
できるだけ足音をたてないように歩く。
部屋の奥にあるベッドに近づいてたくさんのクッションや枕に埋もれたその姿を覗き込んだ。
「うわ…本当によく眠ってるなぁ…」
軋むベッドに腰掛け、静かな寝息をたてるに苦笑する。
白い瞼を閉じてすやすやと心地良さそうに眠るその姿は、眠り姫と言っても過言ではない愛らしさだ。
顔にかかる髪をはらりと払ってやっても彼女が起きる気配はない。ただ同じリズムで呼吸を繰り返すのみだった。
「…本当に綺麗だなぁ」
幸せな気分で呟く。
きっとこんなに近くでこの人を眺めていられるのは、ハレルヤがいない今となってはもう自分だけしかありえないだろう。
本当の意味での独り占めに不謹慎にも胸に迫るものがある。
そうしてその寝顔を暫く見つめていたが、段々とそれすらも物足りなくなってくる。
眠るも綺麗で好きだが、動いて泣いたり笑ったりするのほうがもっと、何倍も好きだ。
早く起きないかな。
起きて僕の名前を呼んでくれないかな。
滑らかな頬に触れてその曲線を辿る。それでもが起きる気配はない。
ふと昔読んだ絵本に書いてあった一文を思い出す。
長い眠りについたお姫さまの眠りを覚ますために王子さまは……
我ながら状況から浮かんだ安易な記憶だが、仮にこれがの言っていた眠り姫の“仮装”なら、そう悪くはない連想かもしれない。今日はハロウィンだ。非日常なことだって行事として許されることもある。
…はずだ。
眠るにそっと顔を近づける。
「キスしたら、君は起きるのかな…」
なるべく振動を与えないようにゆっくりと近付く。
彼女の深い吐息に触れたところでそっとその赤い唇を塞ぐ。
唇と唇が触れ合う音が控えめに部屋に響く。
「…ん…、」
それがきっかけだったのか、少しくぐもった声で呻いた。
一拍ほどの呼吸の後、がゆっくりと目を開いた。
海のような青色がアレルヤを映す。
「…起きた?よく寝てたね、お姫さま」
「おひめさま…?」
まだ眠気を振り払えずに微睡むような声で反芻する。
理解の追い付かないに微笑みの形のまま、もう一度キスを落とす。
「キスで目覚めるなんて、は本当に眠り姫だったんだね?」
少しだけ唇を離してまだ触れ合えそうな距離で囁くと、ようやく覚醒したはみるみるうちに顔に朱を上らせていく。
林檎のように赤くなったとき、ぐいっとアレルヤを引き離し逃げるように後退った。できるだけ機敏に動いて一刻も早く離れたかったが、覚醒して間もない脳は手足への情報伝達を迅速になさなかった。
「あ…あ、アレルヤ!」
「うん、なに?」
アレルヤは悪びれもなくにこりと微笑んだ。
その害意のない笑顔。うかつにも怯んでしまう。
いつもアレルヤにその笑顔は反則だよ、と言われているだが、アレルヤだって負けず劣らず反則だ。切れ長の瞳のせいで普段は目付きが悪いとさえ言えるのに、不意に見せる屈託のない笑顔には内心でドキドキしてしまう。悔しいから絶対に顔には出さないけれど。
の微笑は8割が計算だが、アレルヤのそれには計算などと打算的なものは微塵も感じられない。
ただ楽しいから笑う。嬉しいから笑う。幸せだから笑う。それだけだ。
いつも負けているのは本当はあたしの方。
やれやれと肩を落とし、そのままの勢いで枕に突っ伏する。
「この、狼男」
せめてもの反撃に寝込みを襲う行動から揶揄してみたが、アレルヤは一瞬きょとんと目を丸くしてから、上手いこと言うねなんて楽しそうに笑った。
どうやら天然には勝てないという法則が出来上がっているらしい。
何度解を求めても、結局それは一つの答えにしか辿り着けない。ねじ曲げることはほぼ皆無。
「狼男かぁ…。今日はハロウィンだからそれもいいかな」
「何が?」
はっと面をあげると、ほとんど覆い被さるようにしてアレルヤがの顔の横に手をついていた。
見覚えのあるアングルになんだかそわそわと落ち着かなくなってしまう。
ぎしりと軋みをあげるベッドがそれをさらに増長させる。
それを知ってか、アレルヤは落ち着かせるように優しくの頬を撫でると、先日彼女が言っていたことを話した。
「ハロウィンだから仮装するって言ってたのに、結局眠っちゃって仮装も出来てないを見てちょっと残念だったんだけどね。でもいいよ。仮装なんてしなくても君はお姫さまだったし、すごく可愛かったからそれに便乗して僕は狼男でもいいかな…」
「狼男って…アレルヤは狼じゃない!いつも!特別になる必要はない!」
近付くアレルヤを押し退けようと必死にもがくが、所詮は無駄な足掻きだった。
大きな手に蝶でも捕まえるかのように優しく捕らわれてしまった。
「アレルヤ…」
「ねぇ、いいでしょ?狼らしくお姫さまを食べさせてよ」
ちゅ、と狼と呼ぶには優しすぎる扱いで手の甲にキスを落とされて、は呆れたように笑った。
「お姫さまと組むには童話を間違えてるわ。それなら美女と野獣でしょ?」
「ああ、そうか。そうかもね。、冴えてるね!」
嬉しそうに笑うアレルヤを引き寄せて、はその頬に音をたててキスをした。
「狼でも野獣でもなんでもいいわ。お菓子なんて要らないから、代わりにとびきり甘い夜明けを頂戴」
ハロウィンホリック
なんとか今日中に(・・・)ハロウィンネタが書けました。
本当なら裏扱いするように色々考えてたんだけどどうにもこうにも時間が!!
計画性がないのもそうだけど、なにより現実世界がまれに見るウザさと多忙さを極め始めています。
その中でまだ頑張ったほう!
お疲れ、あたし!!
(2008/10/31)