*学パロ&続き物の前編!ご注意であります!
「先生は、あれどうするの?」
放課後の喧噪から僅かに外れた社会科準備室では、今年最後の仕事に追われる職員二人の姿があった。
換気のために開け放った窓から吹き込む寒風に震えながら、それでも足元だけは暖かいように小さいストーブを二つずつ点けて作業を続ける。
天井に届く高い本棚にグループごとに纏めた書籍を丁寧に並べていく。デスク周りの大掃除は大方片づけてしまったが、部屋の三方を取り囲む本棚は殆ど手つかずだった。広げない本もあるためか大半が埃まみれになって早くも12か月の歳月を過ごそうとしていた。
数えきれない蔵書を布で綺麗に拭いて、はたきで埃を払った本棚にまた片付けていく。
そんな作業を繰り返しているうちに、ふと思い出したように脚立に足を掛けた同僚のスメラギがそんなことを言った。
「あれ・・・とは?何かありましたっけ?あ、すみませんそこの本取ってください。7冊なら入りそう」
「クリスマスパーティも兼ねた忘年会よ。貴女、去年も一昨年も欠席だったでしょう?はい、どうぞ。こっち入らなかったから助かるわ」
7冊の本を受け取って本棚に収めながら、はうーんと唸った。
毎年行われる、学園主催の会合だ。ほぼ毎年クリスマスの時期に開催されるにも関わらず、ホテル内の高級レストランで豪華な食事にありつけるためかその出席率は意外にも高い。家族数名の参加なら少額の追加料金を支払うだけで華やかなパーティに出席できるためそれなりに盛況だ。
幹事は食事のコースやら集金やらに数週間慌ただしい様子だが、招かれる者はその日を楽しみに日々を過ごしていく。
しかし、そんな賑やかなイベントを赴任してきてほぼ4年のは毎年何かにつけその参加を拒んでいた。
当然唸ったところで今年の答えも出ているが、即答するのは好意で誘われているために少しだけ躊躇われる。
スメラギは暫く返事を待ったが、唸ったきり黙りこんだに苦笑した。
「じゃあ先生は今年も不参加ってことで」
「・・・ごめんなさい。いつも誘っていただいているのに・・・」
脚立に腰掛けて、上からぽんぽんとの頭を優しく叩いてやりながらスメラギは笑った。
「いいのよ、気にしないで。他に予定があるなら仕方ないし、参加したくないならしなくてもいいのよ。強制じゃないんだしね」
誘いを断った罪悪感からかされるがままになるに、スメラギの視線が注がれる。
居心地が悪そうに本を手に取って、は表紙を開いたり閉じたりしながらなんとか言った。
「誘ってもらえるのは嬉しいんですけど、その日はやっぱり・・・」
「ふふ、彼氏?」
にこにこと聞かれては真っ青な瞳をスメラギに向けた。
「いいえ?大型犬2匹です」
が帰宅すると、大型犬2匹のうちの1匹がにこにこと玄関で出迎えた。
「お帰り、。寒かったね。夕飯出来てるよ」
尻尾がついていたらきっと千切れそうに振っているんだろうなと思いながら、はその特徴的な髪を手袋をしたままの手で背伸びをしてぐしゃぐしゃと撫でる。
嫌がるだろうかと様子を伺ったが彼は嫌がるでもなく、寧ろ嬉しそうにがやり易いように腰さえ屈めてみせた。
「なに?どうしたの?」
「うん、可愛いなって思って。あまり意味はないのよ。ごめんなさい」
「別に構わないよ。がいいならずっとそうされてても僕は平気。嬉しいよ」
相変わらずの物言いに僅かに頬を染めては頷いた。
一時期あまりの甘さに辟易したものだが、ここまでストレートに愛情表現されてしまっては受け入れる他はなくなってしまった。
通常控え目な割に、好きなものにはとことんそれを表現したくなるのは彼の特性なのだろうと今は考えている。
恥ずかしいけれど言葉はいつも真剣で嘘がない。
その言葉が自分に発せられているものなら尚更。
は手袋を外してもう一度素手で彼の髪に指を滑らせてから靴を脱いで室内に入った。
暖房と、料理の時に使った火で心地よく暖められた空気が冷えた身体を包む。
は部屋にいるはずであろうもう1匹の大型犬の姿を捜して、しかしその姿は見えなかった。
「アレルヤ・・・ハレルヤはどうしたの?」
「ああ、うん。ハレルヤね・・・」
後ろから着いてきたアレルヤは歯切れ悪くハレルヤの名前を繰り返した。
少し様子がおかしいことは普段のなら気づけたはずだが、その時は12月の寒さと仕事の疲れからかその違いに全く気付けなかった。後に彼女はその差に気付けなかったばかりに数日間悶々とするはめになる。
アレルヤは取り繕うような笑顔を見せて言った。
「ちょっと出かけたみたい。大丈夫、心配しなくても10時過ぎには帰ってくるよ」
「そう・・・」
「そんなことより夕飯にしよう。今日はね、たくさん食べてもらおうと思って中華にしたんだよ。の好きな小龍包もあるからね」
「小龍包!好き好き!!早く食べさせて!お腹空いた!」
よかった。気を反らせられたみたいだ。
笑顔の裏でほっと息を吐いて、アレルヤはに手を洗いに行かせてからキッチンに立った。
温かな湯気と共に料理の美味しそうな香気が部屋中に広がっている。
いつもより30分は早い食事を済ませてハレルヤは挨拶もそこそこに出て行ってしまった。帰ってくればまた腹が減っただの、何か寄こせだのと言うに違いないから、敢えて食事中に出さなかったデザートの杏仁豆腐をガラスの器に入れてラップをしてから冷蔵庫に戻す。
あとはスープもあるから欲しがったらあげることにしよう。
鍋に満たされた琥珀色のスープをかき混ぜて掬ったところでがいそいそと部屋に帰ってきた。いつもの席に着いて並べられた料理をしげしげと眺めている。
「さ、お腹空いたね。食べてもいいよ」
そう言うとは嬉しそうに手を合わせて、いただきますと言ってから箸で料理をよそい始めた。
完全に忘れたみたいだな。
空腹の前にはさしものも無力であるらしい。先ほどのやり取りも忘れて食べ物を頬張る様子に、アレルヤは胸を撫で下ろした。
本棚の整理はなかなか終わらない。
毎日放課後の少しの時間で片付けているからか、本の山は未だ床や使っていないデスクの上にうず高く積み上がっている。
会議や部活がなければもう少しで終わるはずだが、年末のためにその作業もますます回数を増している。
今日はスメラギが個人的な用事のために一人での作業になり、思うように作業が進まなくなってしまった。
一人でしているものだから、なんだか随分くたびれた気がする。
「ふう・・・疲れちゃった・・・。ちょっとだけ休憩しよう」
大量の本に埋もれるようにして椅子に腰を下ろしたは、んーと腕を伸ばして首を捻った。
流石に上を見上げての作業は首に堪える。長時間の作業に凝り固まった首筋を揉みながらとうに冷めきった珈琲を口に運んだ。
デスクの中に湿布薬があったなぁ。
確かハレルヤが他の生徒と喧嘩をしたときに腕を捻ったらしくて腫れたところに貼ってあげたものの残り。
はちらりとデスクの抽斗に目を遣って、また視線を元に戻した。
面倒だ。取りに行くのが面倒臭い。
アレルヤがいればすぐに取ってきて貼ってくれるのに。
いっそのことハレルヤでもいい。物凄く嫌そうな顔をするに決まっているが、実は自分に甘いことをはよく知っている。
なんて頼り甲斐のあるわんこたち・・・もとい恋人たちなのだろう。
そうして取りに立つこともなくうだうだしていると、突然がらりと部屋の扉が開かれた。
くるりと椅子ごと回ってそちらを見ると、素行の悪い方の犬がこちらを呆れた様子で見つめていた。
「ああ、ハレルヤぁ。御機嫌よう」
片手を振って挨拶をするが、なんだか嫌そうな顔でちっ、とか舌打ちされてしまった。
機嫌が悪いのだろうか。
「どうしたの、ハレルヤ」
「お前、もう何時だと思ってんだよ。6時半に校門でって約束しただろ。いつまでこんなところでだらだらしてやがる」
「6時半・・・校門・・・あっ!!」
がたんと椅子を蹴立てて立ち上がる。キャスターが勢いよく転がって背後の本の塔を、音をたてて崩れさせたがそんなことはどうでもよかった。
朝、朝食の席で確かにハレルヤと約束していた。
今日は一緒に帰ろうね。校門に6時半。絶対よ。
絶対よ。
語尾がリフレインする。
自分の背後、カーテンに閉じられていない窓を振り返ると、もう向いの校舎をうっすらとしか視認できないほどの暗さで、空には星さえ瞬いていた。
おまけに時計の針は、午後6時54分を指している。
「ご、・・・ごめんねハレルヤ!まさかこんな時間だったなんて知らなくて・・・」
慌てて帰宅の用意をする。
ハレルヤは無言でその様子を眺めていたが、に近づくと彼女の肩に手を置いた。
「動きが変だな。凝ってんのか?」
「え・・・ああ、ここの大掃除してたら疲れちゃって。たくさんあるでしょう?一人でやってるからまだ終わらなくて・・・」
「そういやぁ、スメラギがいないんだな。なぁ、。手伝ってやろうか」
肩を揉みながらハレルヤがにたりと笑う。
その笑みに不穏な気配を感じ取り、はたじろいだ。
この笑顔にはいい感じがしない。思い切り頭を振ってその申し出を拒否する。
「いい、いらない。なんだか裏があるとみたわ!」
「当然。寒いところで待たされた挙句、てめぇの仕事まで手伝ってやろうってんだぜ?タダで済むかよ。カラダで払いやがれ」
「それが目的でしょ!ダメダメ絶対ダメ!!」
慣れた手つきで服の中に侵入するハレルヤの手から逃れようともがきながら、は懸命に叫んだ。
自分から頼んでもないのに不純な見返りを要求されるなどとんでもない。それでなくともこんないつ誰が来るとも知れない校内でなんて、余程の神経でなければ出来ないはすだ。ということはハレルヤは余程の神経の人ということになってしまう。
冗談じゃない。
思う間もハレルヤの手は彼女の脇腹を通って下に伸びていく。
「あ・・・っ、ちょっと待って!ダメダメ!早く帰るんでしょ!」
「別に・・・帰ったって今日は飯とかないし。俺は朝までこうしててもいい」
スカートのスリットをたくし上げて中に侵入を試みたハレルヤだが、ぐっと思いがけない力強さで腕を押しとどめられる。
「なんだよ・・・そんなに嫌か?」
「嫌も嫌だけど、待って。今日ご飯ないってどういうこと?アレルヤはどうしたの?」
言葉の中にさりげなく織り込まれた事実には即座に反応した。
朝会ったときには夕飯がないとアレルヤは言っていなかった。初めての情報にの眼は丸くなる。
「あー・・・あいつ今晩いねぇから」
ハレルヤは何の感慨もなく面倒そうな口ぶりで説明した。
今晩はアレルヤが出かけるから夕飯の作り置きはないこと。作っていくつもりではあったが、思った以上に時間がなくて無理っだったこと。10時過ぎには帰るだろうから心配はいらないこと。
アレルヤにしては随分準備の悪いことだ。
は訝しげに眉を顰めた。
「そんなこと言ってなかったじゃない・・・」
「急だったからな。ま、今忙しいならそれなりに良い額もらってくんだろ。後が楽しみだな」
「なあに、それ。後が楽しみって」
「気にすんな。後で分かる」
ぽんぽん、と頭を撫でられてはも黙るしかなかった。
その日は結局ハレルヤに手をひかれて家に帰った。途中で弁当を買ったが、食べてみたらアレルヤが作る料理とは違ってあまりおいしくなかった。
今月末はなんだかそんなことばかりで、それだけであまり良い日々だとは思えなかった。
聖夜が遠い
あたしには全然遠くない話ですが。(笑)
だいたい世間ではイブにもりあがっちゃう感じですよね。
イブはあくまでも前夜祭なのであって、本番は次の25日になるはずですが。
勢いあまって初の前後編です・・・核心まで長すぎたので切っちゃいました。
後編は終わり次第・・・なるべくなら明日24日か25日でアップしたいです。
出来るかなぁ・・・。
(2008/12/23)